教会と小樽のあゆみ

1869年 開拓使を置き蝦夷地を北海道と改称。「オタルナイ」を「小樽」と改称。

1874年 ウォルター・デニング師函館上陸、伝道開始。

1880年 デニング師による伝道説教会。札幌-手宮(小樽)間に北海道初、日本で三番目となる鉄道が開通。

1884年 バチラー師、手宮で伝道集会を開く。

1895年 現在地に教会、稲穂町に講義所を開く。

1896年 教会付属の「濟美女学校」新設。

1903年 小樽中央駅(現小樽駅)完成。

1904年 小樽大火により稲穂会堂消失。

1907年 小樽の人口、9万人で全道一(函館8万人、札幌6万人)、花園町に講義所新設。石川啄木と妹の光子来樽。

1908年 「日本聖公会小樽会堂」現聖堂落成/7月18日献堂式。

1914年 小樽運河第一期埋立事業起工。

1976年 牧師館新築・会館改築。

1987年 礼拝堂の大規模改修工事。

1991年 小樽市歴史的建造物に指定。

2000年 小樽聖公会宣教120年記念礼拝。

2016年 2台のリードオルガンを分解組み立て修理。

小樽

「小樽」という地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)」に由来するといわれます。この言葉は今の小樽市中心部を指したものではなく、札幌との境を流れる星置川下流の小樽内川を示します。そこにはアイヌコタンもあり、「おたるない」という漁場が開かれていました。