自家焙煎コーヒー

2021年01月27日

僕はコーヒーが好きだ。
10年くらい前からスペシャルティコーヒーをよく飲むようになって、各国の産地、農園のコーヒーをあれやこれやと飲むのが楽しい。

いろんなコーヒーを飲んでいると、なんとなくだけど舌も学習してきて産地や精製方法などの違いもわかってくるような気がする。しかし、たいがいスペシャルティコーヒーの豆はやや高価だ。

一般的なコーヒー(コモディティ)の生豆は、ブラジルやグァテマラなどのそこそこのグレードであれば1kgあたり800円前後くらいで購入できる。100gにすると80円、焙煎すると重さが8割くらいになるので、わかりやすく計算しても100g100円程度で焙煎したてのコーヒーが飲める計算だ。

コーヒーの焙煎といっても実際にやってみると意外と簡単で、銀杏なんかを煎る取っ手付きの網にコーヒーの生豆を入れて火にかけ、15分くらいひたすら網をゆするだけだ。もちろん、火加減、どこで焙煎を止めるか、豆の水分の抜け方や温度変化など、いっちょまえに想像したり試行錯誤しながらなので素人の趣味の範囲は超えないのだけれど、焙煎が終わってその豆でコーヒーを入れて飲んでみるとたいがいどれもおいしくできているものだ。

コーヒー豆は自分で生豆を買って焙煎すれば比較的安上がりになることから、それなら高級な豆を買っても十分元は取れるという算段でスペシャルティコーヒーの生豆を買うようにもなった。

1kgあたり1500円くらいするもの、5kg単位で8000円とか、末端価格ではいくらになるのだろう?と思いながら高級な豆を買うのも楽しみになる。それでも、一般的にお店でコーヒーを買うときの、よくある単位の200gに換算しても400円くらいなのだ。

自分の趣味でもあるということで、前置きが長くなってしまった・・・

コーヒー豆を焙煎するときには、その前後に欠点豆というものを手で取り除く作業を行う。腐ったもの、虫喰い、カビ付きなど、味や風味に悪影響を及ぼすおそれがあるものを取り除く工程のことだ。

この作業をとことん丁寧にやるようにと、たいていのコーヒー専門書には書いてある。

しかしあるとき、これとほぼ真逆のことを書いている本があったのだ。しかも同じ著者が。コーヒーの混ざっている石や明らかな腐敗豆は別として、欠点豆を取り過ぎない方が豆の良さが出やすいというのだ。丁寧にハンドピック(欠点豆の除去)されたコーヒーは確かにおいしいが、ときに複雑さやその土地の雰囲気というものが取れすぎて優等生になりがちだ、というのが著者の主張らしい。

で、実践してみたのだ。
確かに、欠点豆を取り過ぎない方がおいしいかも・・・。

これ以来、今はコーヒーを焙煎するとき、欠点豆を取り過ぎないように心がけている。産地や精製方法によって欠点豆の種類や混在率が異なるので、どの程度のハンドピックを行うかは経験が必要になるけれど、よほどの欠点豆でなければある程度残してもたいして味に変化はないように実感している。精製方法が昔より格段に向上していたり、最近は専用の選別機械も進化して、インポーターや商社が出荷するときに欠点豆の混入が少なくなったりしているのもその理由だろうか。

人の集まりでも、「欠点豆」を取り過ぎてしまうと画一的で特徴がなくなるのかもしれない。
多少クセのある「豆」も適度に存在したほうが集団の個性が出るし、よい味を出すための相乗効果があったりするのだろう。また、血まなこになって「欠点豆」を探して取っていたらスポっと自分が捨てられたというオチがあるにちがいない。そもそも人が人を「裁く」ようなことは聖書的ではないのだが、つい誰かのことを取り去りたくなるもの本音ではなかろうか。

福音に聞きながら祈り、識別すること、さらに裁きは神に委ねるものであることを覚えつづけたい。